「記憶にございません」
政治家なんかが不都合なときにこういう言葉をよく使う印象があるので,こういう言葉を聞くと,本当に覚えてないの?言いたくないだけじゃないの?と勘ぐってしまう人も少なくないと思います。
もちろん,中には,虚偽の事実を言いたくないから,その場逃れで言う人もいるでしょう。他方で,思い出そうとしても思い出せないという経験もよくあることだと思います。
心理学的には,エピソード記憶(過去に経験した出来事の記憶)であっても,全く何も思い出せないことや,似たような出来事が繰り返し起こると,その詳細を区別することができなくなり,「いつ,どこで」という情報を思い出すことができなくなるそうです。ただ,思い出せないからといって,それは記憶が失われたことを直ちに意味するのではなく,何かの「手がかり」をきっかけに思い出すこともあります。
では,似たような出来事の記憶ではなくて,衝撃的な出来事の記憶はどうでしょうか。当然,それを経験した本人はその記憶について自信をもっているでしょう。ところが,その内容は必ずしも正確であるとは限らないことが実験で明らかにされているそうです。
私は,弁護士の仕事は事実をきちんと把握することが何より重要だと考えています。法律の理屈の部分は文献を調べれば大抵片が付きます。しかし,事実の把握が不十分だと,そもそも適用する法律すら間違えてしまいます。また,経験上,当事者間に争いがあるのは,圧倒的に事実関係の部分です。ところが,人の記憶はあやふやです。自分の体験した記憶ですらそうですから。「手がかり」をうまく利用しつつ,かつ相談者自身がバイアスをかけていないかにも注意を払い,慎重に話を聞いていきたいものです。
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